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東京高等裁判所 昭和45年(け)15号 決定 1970年9月29日

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議申立の趣意は、弁護人小林優、同北村哲男、同南木武輝が連名で差し出した異議申立書に記載してあるとおりであるから、これを引用する。

本案事件記録によると、被告人に対する公務執行妨害被告事件について昭和四五年四月三〇日東京地方裁判所刑事第二八部が言い渡した判決に対し、同年五月一日原審弁護人北村哲男から控訴の申立がなされたこと、同年六月一三日東京高等裁判所第九刑事部から控訴趣意書差出期日通知書(提出最終日昭和四五年七月一三日)および弁護人選任照会書が被告人に対し執行官による補充送達がなされたこと、被告人は所定の期間内に控訴趣意書を提出しなかったため、同年七月二〇日原裁判所が刑訴法三八六条一項一号により控訴棄却の決定をしたこと、弁護人の選任はその後である同年八月三日本件異議申立と同時になされたことが明らかである。

他方、取り寄せた被告人A外九名に対する東京高等裁判所昭和四五年(う)第一、一八六号建造物侵入被告事件(以下単に別件という)の記録によれば、右被告事件について昭和四五年四月三〇日東京地方裁判所刑事第一三部が言い渡した判決に対し、同日被告人の原審弁護人小林優、同北村哲男、同南木武輝から控訴の申立がなされたこと、同年六月一三日東京高等裁判所第九刑事部から控訴趣意書差出期日通知書(提出最終日昭和四五年七月一四日)および弁護人選任照会書が被告人に対し執行官による補充送達がなされたこと、被告人は同年六月一七日小林優、北村哲男、南木武輝を弁護人に選任し、翌一八日私選弁護人を選任する旨の回答書(裁判所から送達された右弁護人選任照会書と切取線で一体となっていたもの)をも被告人自ら差し出したこと、同年七月八日右弁護人三名が控訴趣意書の提出期限の延長方を上申し、同年八月三一日まで延期することが許可されたことが認められる。

(一)  所論は、本件控訴趣意書差出期日通知書の送達を受けたのは、被告人本人ではなく、同居人の学生Bであり、右通知書は本件控訴棄却決定が送達されるまで、被告人本人に交付されなかった、被告人は実質的に、期限の通知を受けなかったから、原決定は取り消されるべきであるというのである。

本件および別件記録に編綴されている送達報告書によれば、昭和四五年六月一三日午後七時三〇分受送達者(被告人)が住居である東京都○○区○○町○丁目○○番地○○荘に不在であったため、同居者で事理を弁識すると認められるBが、本件および別件に関する控訴趣意書差出期日通知書および弁護人選任照会書各一通宛を東京地方裁判所執行官職務代行者小沢一雄から同時に交付されたことが認められ、≪証拠省略≫によれば、右Bは、その頃別件に関する控訴趣意書差出期日通知書および弁護人選任照会書を被告人に交付したが、本件に関する控訴趣意書差出期日通知書および弁護人選任照会書は自分の机の抽斗に入れたまま被告人に交付することを忘れ、本件控訴棄却決定謄本が送達されて、ようやく右通知書、照会書を思い出し自己の抽斗内から発見したことが認められる。

そこで、本件控訴趣意書差出期日通知書の送達が有効かどうかを検討する。書類の送達について刑訴法五四条により準用される民訴法一七一条一項は、送達をなすべき場所において送達を受くべき者に出会わざるときは、事務員、雇人又は同居者にして、事理を弁識するに足るべき知能を具うる者に書類を交付することを得る旨規定し、いわゆる補充送達の方法によることを許している。本件についてみると、東京都○○区○○町○丁目○○番地(○○荘)が被告人の住居であり、(右二つの被告事件の保釈制限住居である)、被告人に対して本件控訴趣意書差出期日通知書の送達をなすべき場所であることはいうまでもない。右○○荘には被告人、Bのほかには居住者がいないのみならず、Bは従来からも裁判所からの被告人宛の書類を受領しており、前記のとおり、前記二つの被告事件に関する控訴趣意書差出期日通知書等をも受領し、さらに本件控訴棄却決定謄本も受領している(送達報告書によれば、右決定謄本はBが同居者として補充送達により交付を受けていることが明らかである)のであって、Bに書類が渡されれば、被告人に渡されたものと同視することが相当であると認められる程度に緊密な共同生活関係が被告人とBとの間にあったものと認めることができる。すなわち、Bは被告人と同居者の関係にあったことも明らかである。したがって、本件控訴趣意書差出期日通知書は同居者であるBに交付されたときに送達は適法かつ有効に行われたものといわなければならない。その後Bが右通知書を受送達者(被告人)に渡すことを忘れたからといって送達の効力に影響を及ぼさない。論旨は理由がない。

(二)  所論は、被告人が本件も別件も同じく東京高等裁判所第九刑事部に係属したことをもって、いわゆる併合がなされたものと思い、別件につき弁護人を選任したから、本件についてもその効力を及ぶものと思い、本件については弁護人の選任をしなかった、別件については控訴趣意書差出期限の延長が許されたので、被告人としては、本件についても弁護人が控訴趣意書を作成しているものと考えた。被告人の過失にはやむを得ざる相当の理由があるから、原決定は取り消さるべきであるというのである。

別件が本件と同じく東京高等裁判所第九刑事部に係属し、昭和四五年六月一三日右二つの被告事件につき控訴趣意書差出期間通知書、弁護人選任照会書が同時に被告人の同居者Bに交付され、いわゆる補充送達がなされたこと、別件につき被告人が弁護人を選任し、弁護人が控訴趣意書差出期限延長の上申をしこれが許されたことはさきに認定したとおりである。しかし、≪証拠省略≫によれば、「被告人は、二つの控訴事件が東京高等裁判所第九刑事部に係属したことは知らなかった、弁護人選任書はいわゆる救対部の人からいわれて何通かの弁護人選任書に署名した、どちらの事件のものかは判らなかった、別件について控訴趣意書差出期間の延長について弁護人と相談したことはなく、本件控訴棄却決定の謄本の送達された後その期間が延長されたことをはじめて弁護人から聞いた、二つの事件を併合してもらうような話も出ていた」というのであって、被告人が本件につき申立人である弁護人と打合、相談をしたことが認められないのみならず、被告人が本件が別件とともに同じ第九刑事部に係属したことも知らず、被告人はもとより、申立人も本件について充分関心を持っていたものとは認められない。論旨は前提を欠き到底採用できない。

(三)  所論は、本件異議申立人である弁護人三名が本件につき原審において弁護人として選任されており、別件につき控訴審においても弁護人として選任されていたから、原裁判所は、本件控訴棄却決定前に、非公式にでも、控訴趣意書提出期日を申立人に通知し、注意を喚起すべきである、原裁判所はかような措置を採らず原決定をしたもので、原決定は失当であるというのである。

控訴裁判所は、控訴申立人に弁護人があるときは、弁護人にも控訴趣意書の差出期間を通知しなければならないことは刑訴規則二三六条一項の明定するところであり、本件につき控訴審において弁護人が選任されていなかったことは記録上明らかである。原裁判所が別件の弁護人である申立人に本件控訴趣意書の差出期間を通知しなかったことは当然であり、原裁判所が本件控訴棄却決定前に非公式に別件の弁護人に本件控訴趣意書差出期間を知らせ、注意を喚起しなかったとしても、なんら違法がなく、原決定を取り消すべき理由とは認められない。論旨は理由がない。

よって、本件異議申立は理由がないから刑訴法四二八条三項四二六条一項後段により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 関谷六郎 裁判官 寺内冬樹 中島卓児)

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